上巳の節句とは、本来は3月の最初の「巳の日」という意味でした。その後、毎年3月3日を上巳の節句と言い、雛祭りの日(別名は桃の節句)としたのです。

 地方によっては、「禊ぎをして穢れを祓い、身代りの人形に汚れをうつして河川・海などへ流す」風習などがあるようです。そして「雛祭り」として庶民の間に定着したのは江戸時代からです。

 お雛様を飾る場合、関東では主として向かって左上に男雛、右上に女雛を飾りますが、もともとは逆でした。では、何時からこの形になったのでしょう?
 
 これは昭和天皇様がご成婚の時の話になります。おそらく英国や欧米流に従っての事でしょうが、向かって左側に立たれ、皇后様が向かって右側に立たれました。そこで浅草の人形問屋が集まって、それまでとは逆に、今のような配置に変えたのです。
 
 実は左側は西の場所。つまり陰の場所。右側は東の場所で太陽が当たる陽の場所。陰陽説では、陽は男性、陰は女性なので、もともとの男雛が向かって右側、女雛が向かって左側というのが陰陽論からすると正しかったのです。

 今では結婚式でも新郎が向かって左側、新婦が向かって右側に座りますが、その理由は上記の人形の配置からの流れなのです。


                                            中村 嘉男

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*3月3日は上巳の節句*    2016. 3. 2 更新